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耳が痛い!親の押しつけがましい意見は気づきのキッカケになっていた話

親と会話していると
たまにストレスを感じる時があるんです。

だいたいの場合は
一方的に意見を
押しつけがましく
浴びせてこられるとき
だったりします。

こんな感情になるときはないでしょうか?

「今その話は求めてないんだけどな~」
「とにかく押しつけがましいんだよな~」
「なかなかこちらがしゃべるタイミングがないな・・・・」
「無条件でイライラしてくる・・・・」
「イライラさせる天才だ・・・・」

親の意見やアドバイスが
めんどうに思えるときってあるものです。

ですが、
こんなイライラする
やり取りの中から
ちょっとした『気づき』を得ました。

その結果、
親へ感謝することになりました。

その体験によって
イライラする反面、
良い事を学んだなと
素直に思えたわけです。

あながち親に対しては
嫌悪感だけではなく
感謝してしまった自分が
そこにいたので紹介させていただきます。

こんな方におすすめ

  • 親の押しつけがましい意見によってストレスを感じている人

耳が痛い!親の押しつけがましい意見は気づきのキッカケになっていた話

まず、
きっかけになった話題は
他愛のないものです。

キッカケは日常会話

ソウゴ
台所の水道の蛇口が壊れたから
水がびしゃびしゃと散ってるんよ~、
ちょっとたまんないw
とりあえず蛇口を
思いきりひねらなければ
水の勢いも弱いし
飛び散らないから
いいんだけどね~

っていう話を
他県に住む親へ話したのが
ことのほったんでした。

親にスイッチが入ると止められない

すると親は心配したのか

  1. 新しい蛇口に買い替えなさいよ
  2. 安いのはすぐ壊れるからダメ
  3. 応急処置でストッキングを
    蛇口に巻いて
    水が飛び散らないようにしなさい
  4. 今すぐしなさい
  5. 言っていること、理解できる???

という言葉を
電話越しに
浴びせてきたわけです。

結果的にストレスMAXに。
正直そのときは
聞いているだけでも
息苦しくなるほどの勢いで、
一方的に意見を
押し付けられていた感覚に
なりました。

モヤッとした点は
なぜ強要する口調になっているのか
という一点でした。

強要されると不愉快になる事実

もしこれが
一方的な強要ではなく、
お互いに納得できていたならば
どうなっていたんだろう。

  • じゃあ面白そうだから蛇口にストッキング被せてみっか~
  • あら不思議、水が蛇口から飛び散らなくなった!

みたいな展開に
なっていたのかもしれません。

しかし今回の会話では、
このような晴れやかな展開とは
程遠いものになってしまいました。

この事例を客観的にみることで発見したもの

一方的な意見で
相手へ価値観を押し付けたとしても
相手が納得していなければ
なにも解決しなかったわけです。

さらには
不快感すらあたえてしまうことになる
と思いました。

『イライラ』よりも
『発見できた』ことによる
健やかな感覚が大きい。

この時に
反面教師のような感覚ですが
たしかな『気づき』がありました。

自分自身が人と接するときは

相手に対して
一方的に価値観を
押し付けても
納得してくれない

という事実を
あらためて気づかされたことに
なりました。

日常でも役に立つと思えた『気づき』

これって他の日常生活や
仕事においても
すごく大切なことだと思います。

他人との
コミュニケーションにおいても
お互いにストレスを
感じにくくなるのでは

もしくは闇雲にコミュを
とろうとする状況を
打破できるキッカケになるとも思った

以上のような
気づきがあるとないのでは
今後大きな差が
あるのではないか
と思いました。

一種のモヤモヤが
解消されるキッカケになるはず!

という思いがありました。

『気づき』は『希望』にもなりうる

『気づき』というものが
あることで、
なにかしらの希望が
でてくる感覚にすら
なったのも事実です。

あらたな『気づき』があると
どこかイキイキした感覚に
満ちあふれるものだと思います。

それが『希望』に見えてきました。

そして『希望』があるだけで
活力すら湧いてくる感覚でした。

結果的には、
『希望』を持つことができた
キッカケをくれた親に
感謝することになりました。

親の押しつけがましい意見で悩んでいる人へ

親の押しつけがましい意見で
悩んでいるのはなぜ?

というところについて深堀します。

親が子どもにたいする感覚

親は子どもにたいして
好き放題に意見をいってくると思います。

じゃあなぜそうなるの?
ってところです

  • 子どもにたいして心の距離感が近い
  • 子どもにたいして過剰に心配してしまう
  • 子どもよりも経験豊富であると認識している
  • 「助けてあげたい」という気持ちが大きい

その結果、

子どもにたいして
「助けてあげたい」という気持ち

が大きく働くことで

じゃっかん伝え方が強引

だとしても
根本的には子どもの悩みを
解決してあげたい
という行動になっているのだと思います。

いつまでたっても親目線であるのも、たしかな事実

しかしここで注意すべき
ポイントがあります。

それは

助けて『あげたい』。

『あげたい』です。

もしかすると
深層心理には

子どもよりも
上からの目線であることが
根づいたままではないのでしょうか。

要は、
対等な立場ではないことが
当たり前になってしまっている・・・

親が子どもに対する目線は
ちょっとやそっとでは変えられない

しかしこれって、
親子の関係では
どうしようもないものだと
思っています。

子どもの面倒を
ずっとみてきているのですから。

しかし子どもは成長するもの

成長した子どもは
考えをもちます。

その考えがあるということを
親は見落としているのかもしれません。

親子であるからこそでてくる障壁

結果的に
親と子の関係において
あゆみよれない何かが
たしかに存在している。

そのように思いました。

親が子どもを思う気持ち

強ければ強すぎる程、

子どもにたいしての目線は
遥か上からの親目線に
なってしまうのではないでしょうか。

言いかえると

  • 過保護
  • 子離れしてない

とはいえ、
子どもにたいする
純粋な思いには
違いないと思います。

その結果、
親の考え方を
変えさせることは
途方もない道のりだと
思ったわけです。

変わるのは親ではなく子ども側

ではどうしましょうか。

自分自身が親の意見に対して
『良い』と思ったところのみを
参考にして
自身の糧にすればいいのだと思います。

  • 少なくとも反面教師的な
    気づきがあるはず
  • その気づきを吸収して
    今後は他の人と接する時に
    気をつけるべきことが見えてくるはず

そう思いました。

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